歴史特別編 · HISTORY
戦国武将として生きる
「生まれる」を押すと、武田信玄・上杉謙信・毛利元就・豊臣秀吉・伊達政宗・真田信繁など、12人の戦国武将の中からだれか1人に生まれます。家督、合戦、同盟、そして最期。その人の人生の分かれ道であなたが選び、そのあとで本当の歴史を確かめる歴史特別編です。史実どおりに選ぶか、「もしも」の道を行くか。
「もしも」の結果と数値はすべて架空です。史実の年と出来事は、辞典の記述にもとづきます。年齢は数え年(生まれた年を1歳とする)。
織田信長・徳川家康は、それぞれ専用のページで生きられます。 織田信長として生きる / 徳川家康として生きる
戦国時代とは
戦国時代は、応仁の乱(1467年)が始まったころから、全国が一つにまとまるまでの、各地の大名が争った時代です。始まりを1491年の伊勢宗瑞(北条早雲)の伊豆攻めや1493年の明応の政変とする見方もあり、終わりも、織田信長が足利義昭を立てて京に入った1568年、室町幕府が滅んだ1573年、豊臣秀吉が全国を平定した1590年など、いくつかの考え方があります。
この時代の「戦国大名」は、室町幕府の仕組みから離れ、国の中の豪族を家臣に取りこんで、地域ごとに独自の政権をつくりました。守護代が守護を倒したり、家臣が主家にそむいて大名になったりする「下剋上」も起きました。大名たちは領国を治めるための法(分国法)を定めました。武田氏の「甲州法度之次第」や今川氏の「今川仮名目録」がその例です。
この特別編の遊び方
「生まれる」を押すと、12人の戦国武将の中からランダムに1人が選ばれます。気に入らなければ「別の武将に生まれ直す」こともできます。武将ごとに6〜9の章があり、家督・合戦・同盟・最期などの節目で、3〜4つの選択肢から一つを選びます。選択肢には、史実でその武将が選んだ道が必ず一つ入っています。
選んだあとには結果が出ます。史実どおりの選択ならその出来事を、史実と違う選択なら「もしもの結果」(架空)を出し、領国・家臣団・名声・天下への近さの数値が上下します(数値はゲーム上の目安で、史料の数字ではありません)。続けて「史実では」で、辞典で確かめた本当の歴史を読めます。最後に、選んだ道と史実の一生をくらべます。
伝承と諸説について
よく知られた戦国の話には、確かな史料で裏づけられないものや、説が分かれるものがあります。たとえば川中島での信玄と謙信の一騎打ちは真偽のはっきりしない俗説で、毛利元就の「三本の矢」は教訓状をもとにした後世の逸話、真田信繁の「幸村」の名は確かな史料に見えません。本能寺の変を起こした明智光秀の動機にはいくつもの説があり、石田三成の人物像や島津義弘の家督についても見方が分かれます。このページでは、こうした事柄を「伝承」「諸説」と書き分けています。
なれる武将
- 武田信玄(1521–1573)甲斐(いまの山梨県)
- 上杉謙信(1530–1578)越後(いまの新潟県)
- 毛利元就(1497–1571)安芸(いまの広島県)
- 北条氏康(1515–1571)相模(いまの神奈川県)
- 今川義元(1519–1560)駿河(いまの静岡県)
- 豊臣秀吉(1537–1598)尾張(いまの愛知県)
- 明智光秀(1528?–1582)美濃(いまの岐阜県)
- 前田利家(1538–1599)尾張(いまの愛知県)
- 伊達政宗(1567–1636)出羽(いまの山形県)
- 真田信繁(幸村)(1567–1615)信濃(いまの長野県)
- 石田三成(1560–1600)近江(いまの滋賀県)
- 島津義弘(1535–1619)薩摩(いまの鹿児島県)
よくある質問
- 戦国武将シミュレーションはどんなゲームですか?
- 「生まれる」を押すと、有名な戦国武将12人の中からランダムに1人が選ばれ、その武将の生涯の節目(6〜9章)で選択していく歴史ゲームです。選ぶと結果が出て、領国・家臣団・名声・天下への近さが変わり、そのあとで「史実では」を確かめられます。無料で、登録はいりません。
- どの武将になれますか?
- 武田信玄・上杉謙信・毛利元就・北条氏康・今川義元・豊臣秀吉・明智光秀・前田利家・伊達政宗・真田信繁(幸村)・石田三成・島津義弘の12人です。「武将を選んで生まれる」から、好きな武将を選ぶこともできます。織田信長と徳川家康は、それぞれ専用の歴史特別編(織田信長として生きる/徳川家康として生きる)があります。
- 史実どおりに選ぶとどうなりますか?
- すべての章で史実どおりの選択をすると、結末は「史実の一生」になり、その武将が実際にたどった生涯をふりかえります。たとえば今川義元なら桶狭間、明智光秀なら山崎の戦いのあとで一生を終えます。
- 史実と違う道を選ぶとどうなりますか?
- 「もしも」の歴史に分かれます。結末は、天下統一・領国を守り抜く・家を保つ・早すぎる最期・出家や隠棲・領国を失う、のいずれか。危うい選択はうまくいかないこともあり、同じ選び方でも結果が変わることがあります。もしもの結果は、すべて架空です。
- 史実はどこまで正しいのですか?
- 章の年と出来事、「史実では」の解説は、日本大百科全書・世界大百科事典・日本人名大辞典・山川 日本史小辞典などの辞典(コトバンク)の記述で確かめたものです。辞典によって年が違う事柄や、真偽のはっきりしない話は「諸説」「伝承」と書いています。
- 年齢は満年齢ですか?
- 数え年です(生まれた年を1歳とし、正月ごとに1つ加える)。辞典に書かれた享年と同じ数え方です。生まれた年がはっきりしない明智光秀は、1528年生まれとする説で数えています。
ほかの歴史特別編
出典
出典: コトバンク所収の日本大百科全書(ニッポニカ)・改訂新版 世界大百科事典・デジタル版 日本人名大辞典+Plus・山川 日本史小辞典・百科事典マイペディア・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典・旺文社日本史事典・デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典 の各項目:戦国時代、分国法、武田信玄、川中島の戦い、三方ヶ原の戦い、上杉謙信、上杉憲政、敵に塩を送る、毛利元就、厳島の戦い、三子教訓状、北条氏康、河越の戦い、小田原衆所領役帳、今川義元、太原崇孚、今川仮名目録、桶狭間の戦い、豊臣秀吉、墨俣城、山崎の戦、賤ヶ岳の戦、小牧・長久手の戦い、小田原征伐、文禄・慶長の役、明智光秀、坂本城、本能寺の変、前田利家、末森城、五大老、伊達政宗、大崎・葛西一揆、慶長遣欧使節、真田幸村、真田信繁、真田昌幸、上田城、九度山、大坂の陣、石田三成、五奉行、関ヶ原の戦、島津義弘、島津義久、大友宗麟、泗川の戦い