織田信長の生涯: 年表でたどる桶狭間から本能寺の変まで
尾張の一武将から天下統一の目前まで駆け上がり、本能寺で倒れた織田信長。その生涯を、辞典の記述にもとづく年表でたどります。
1534年 誕生
1551年 父・信秀の死により家督を継ぐ
1560年 桶狭間の戦いで今川義元を破る
1567年 美濃の稲葉山城を落とし、岐阜と改める。加納に楽市令
1568年9月 足利義昭を奉じて京都に入る(上洛)
1571年 比叡山延暦寺を焼き討ち
1573年 義昭を追放し、室町幕府が滅びる
1575年 長篠の戦いで武田勝頼を破る
1576年 安土城の築城を始める
1577年 安土の城下町に楽市令
1582年6月2日 本能寺の変。明智光秀に襲われ自害(数え49歳)
桶狭間から上洛へ
1560年の桶狭間の戦いで今川義元を破り、1567年には美濃の稲葉山城を落として岐阜と改めました。1568年9月には足利義昭を立てて京都に入り、天下の政治に関わり始めます。
旧い権威との対決
1571年には比叡山延暦寺を焼き討ちし、1573年には対立した義昭を追放して、室町幕府は滅びました。1575年の長篠の戦いでは武田勝頼を破りました。
安土と楽市
1576年に安土城を築き始め、1577年には城下町に楽市令を出して、自由な商売を認めました。このときの「安土山下町中掟書」は13か条からなり、国の重要文化財です。
本能寺の変
1582年6月2日、京都の本能寺で明智光秀に襲われ、自ら命を絶ちました。数え年で49歳でした。
出典: 日本大百科全書(ニッポニカ)、百科事典マイペディア、改訂新版 世界大百科事典、日本人名大辞典+Plus、山川 日本史小辞典(いずれもコトバンク)、滋賀県の資料
