ヤンキーと暴走族の文化史: 実際の数字で見る
高く盛った髪、刺しゅう入りの長い上着、夜に響くバイクの音。日本のヤンキー文化は、漫画や映画、ファッションを通じて海外でも知られています。どこから来て、どれほどの規模で、いま何が残っているのかを、国の統計で見ていきます。
「ヤンキー」という言葉
ヤンキーは、不良の少年少女を指す言葉です。辞書によると、第二次大戦後、アメリカの若者の髪型やファッションをまねた若者を指して使われました。関西を中心に、街にたむろする派手な服装の若者を指す使い方も記録され、1973年の用例があります。言葉の由来には諸説あり、難波功士『ヤンキー進化論』(2009年)などの本で論じられています。
見た目の記号
- リーゼント: 前髪を高く盛り上げ、両側をなでつける男性の髪型。名前はロンドンのリージェント・ストリートから。
- 特攻服: 暴走族やヤンキーが集会やけんかのときに着る長い上着。チーム名や文句、龍・虎・桜などの派手な刺しゅうが入ります。
- 学らん: 詰め襟の学生服の俗称。とくに応援団が着る丈の長い上着と太いズボンのものを指します。
- スケバン: 不良少女のグループのリーダー。辞書には1972年の用例があります。
暴走族のピークと減少
暴走族は、オートバイや車で集団で危険な走行や騒音を出す集団です。犯罪白書が人数を記録しています。
1978年 22,442人・1982年 42,510人(過去最多)、うち少年32,368人・1990年 37,155人・2000年 23,399人・2010年 7,850人・2018年 5,028人
(共同危険型。令和元年版 犯罪白書、警察庁の資料による)
グループの数は、それより早い1974年の817が最多でした。1980年代前半は少年非行全体のピークでもあり、検挙された少年は1983年に317,438人と、犯罪白書のいう「第三の波」の頂点に達しました。2024年は37,941人です。
街を変えた法律
道路交通法は1978年から「共同危険行為」を禁じています。2004年11月1日に施行された改正で、実際に危険や迷惑が生じていなくても集団での暴走を処罰できるようになり、警察がその場で検挙できるようになりました。空ぶかしなどの騒音運転にも罰則ができました。自治体も動き、2002年4月に施行された広島市暴走族追放条例は、公共の場所での威圧的な集会を禁じ、市長が退去を命じられるようにしました。
いま
2024年の共同危険型の暴走族は116グループ・4,483人で、そのおよそ4分の3はグループに属していません(警察白書)。元暴走族などが中心となり、暴走族ふうに改造した古いオートバイで走る「旧車會」も把握されていて、違法行為をした集団は2024年に391グループ・5,194人でした。2014年に広まった「マイルドヤンキー」という言葉のように、地元への愛着は強いが、かつての反抗心は薄れた若者像も論じられています。
シミュレーターで、ヤンキーの人生を
ヤンキー特別版では、逮捕されるときの非行の中身は2025年の少年の検挙の割合に沿い、少年鑑別所や少年院は実在の施設の名前で、家庭は少年院の子の多くがひとり親の家で育つという犯罪白書の結果を目安にしています。逮捕や処分の確率は仮定で、解説ページに書いています。
出典: 法務省「犯罪白書」(平成5年版・平成10年版・令和元年版・令和7年版)、警察庁「警察白書」(令和7年)、内閣府「交通安全白書」(平成17年・平成18年)、広島市暴走族追放条例、デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典(コトバンク)、片山悠樹・牧野智和(2018)『教育社会学研究』
